China Girl(チャイナ・ガール)/David Bowie(デビッド・ボウィ)
ご存じデビッド・ボウイの代表作となってしまったアルバム『レッツ・ダンス』からのシングル・ナンバー。
アルバム・プロデュースはナイル・ロジャースで、当時のファンは「あのナイル・ロジャースと手を組んだ!」といって、かなり驚いたそうです。
ちなみに、私が初めてデビッド・ボウイというアーティストを認識したのが、このアルバムと大島渚監督の『戦場のメリー・クリスマス』。
つまり、それ以前のデビッド・ボウイを知らないもんだから、「デビッド・ボウイって、こんな人だったんだ」ぐらいにしか思っていませんでした。
ところが、後から色々聞くと、それ以前のデビッド・ボウイといえば、かなりカルト的な人気を誇っていたようです。
なるほど、そんな彼が、デュラン・デュランやマドンナらと手を組んだナイル・ロジャースをプロデューサに迎えるといいことは、日本に例えるなら長渕剛が小室哲哉と手を組むようなもの…、ちょっと違うか。
ただ、このアルバム以前のデビッド・ボウィを知らない私としては、タイトル・チューンの『レッツ・ダンス』も『モダン・ラブ』も、それほど抵抗なく、すんなり耳になじんだ次第です。
ところでこの曲、タイトルに「ガール」が入る割には、ボウイの男気のあるエピソードが残っています。
もともとこの曲は、ボウイ自身とイギー・ポップとの共作です。
それゆえ、この曲が初めて世間に顔を出したのが、ポップのアルバム『イディオット』でした。
ところがその後、ポップが薬物依存に。
それが原因でポップは破産寸前になったのですが、ボウイが自身のアルバムに『チャイナ・ガール』を収録することで、印税の半分がイギー・ポップに渡り、破産を免れたということらしいです(Wikipediaより)。
初登場は1983年6月4日。
同年8月27日に最高10位を記録しています。
<<最高10位を記録したときのヒットチャートはこちら>>
(星船さんのブログより)
<<和訳はこちら。>>
こちらがイギー・ポップの『チャイナ・ガール』。
プロデューサーが違うだけで、曲の雰囲気がこんなにも違ってくるんですね。
タイトルを直訳するとこうなるのですが…。
とりあえず、デビッド・ボウイ関連ということで挙げときます。
コメント
6 件のコメント :
次々と音楽スタイルを変化させ時代を先取りしていったデビッドボウイ、まさに「20世紀で最も影響力あるアーティスト」の冠名に相応しいのかもしれません。時代に応じてカメレオンのように華麗なる変身、進化を遂げたボウイは宇宙人のままでいてほしかったけど夢を見させてくれてありがとうって言いたいです。アーティスティックな生き方を貫いたボウイは本物のアーティストですね。
ローリングウエストさん、コメントありがとうございます。
たまに彼の70年代の映像を、YouTubeなどで見るのですが、やっぱり妖艶というかどこか妖しげな雰囲気を漂わせているあたりは、80年代に入ってからもあまり変わりはないですね。
のちのニューロマンティックスにも、彼は多大なる影響を与えたのかもしれません。
おはようございます。
こちらのチャイナガールは馴染みがありますね(笑)。
あ、イギー・ポップとの共作だったんですか~。しかも先にイギーが発表していたんですね。イギーのバージョンも聴きましたが、あまり良くない(笑)。
これはナイル・ロジャースがボウイの良さを引き出した感じですね。アレンジでこうも違うとは…。
Let's Danceはアルバムとして、もう一度じっくり聴いてみると、いろいろな発見があるかもしれませんね。
240さん、コメントありがとうございます。
そうですね。
ナイルはがプロデュースした『チャイナ・ガール』は、完全にボウィの良さを引き出している感じです。
それと同時に、まさにタイトル通りのピンポイントなアレンジ。
ナイルは『チャイナ・ガール』と聞いて「もうこのアレンジしかない!」と」と思ったのかもしれませんね。
かんたさん、またまたこんばんは。
デビットボウイは、戦メリで知ったのと
「レッツ・ダンス」ですね。
昔から知っている方にお話を聞いた時に、
お互いのデビットボウイのイメージが全然違ったので
時代と共に変化されてきたのだなぁと思いました。
YMOの「中国女」は大好きな曲なので、
(先日、DVDを買い直しました。ビデオだったので涙)
嬉しいですね♪
みんさん、コメントありがとうございます。
『レッツ・ダンス』は、昔からのボウィを知っているイ人にとっては、黒歴史として語られることもありますよね。
たしかカールスモーキー石井さんも、ラジオでこの曲を紹介するとき、「こんな時代もあったんだなぁ」なんてコメントされていたような気がします。
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